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○■ハイン 地の果ての祭典: 南米フエゴ諸島先住民セルクナムの生と死■ ― 2017年09月12日 13:40
伝統文化の記憶を持つセルクナムの最後の人びとと交流し、記録を残し、生涯を通じてその文化の研究と紹介に取り組んだ著者が、残された記録やセルクナムの末裔たちの話などから儀式「ハイン」の様子を復元
アン チャップマン (著), Anne MacKaye Chapman (原著), 大川 豪司 (翻訳)
単行本: 277ページ
出版社: 新評論 (2017/4/24)
尖った円錐形の仮面、裸身を覆う大胆な模様、不思議なポーズ─。人類学者M・グシンデが1923年に撮影した一連の写真を初めて見る人は、古いSF映画の一場面か、またはボディペインティング・アートかと思うかもしれない。実はこれは、セルクナムという部族が脈々と続けてきた祭典「ハイン」の扮装のひとつなのだ。
セルクナム族と呼ばれる人々は、南米大陸の南端に点在するフエゴ諸島(ティエラ・デル・フエゴ)に住んでいた。そこは人間が定住した最も南の土地、「地の果て」だった。この地域には四つの異なる部族が暮らしていたが、セルクナムはそのなかでも最大のグループだった。 主島のフエゴ島とそこに住む人々の存在は、1520年、マゼランの世界周航によって初めて西洋社会に知られた。以後多くの者がこの地を訪れる。「海賊」ドレーク、キャプテン・クック、ダーウィンを乗せたビーグル号、貿易船やアザラシ猟の船、金鉱探索者、キリスト教の伝道師たち、牧場経営者たち─。島民との間に様々な軋轢が生まれ、やがて一九世紀末に至ってフエゴ島は生き地獄と化す。公然と大虐殺が行われ、伝道所に強制収容された人たちの間に伝染病が蔓延し、そこから生きて出た者はわずかだった。フエゴ島民は短期間のうちに絶滅への道を辿り、生粋のセルクナムは1999年に絶えた。
多くの西洋人の目に、フエゴ島民の生活は「野蛮」で「惨め」で、自分たちの「文化的生活」とはかけ離れたものと映った。酷寒の地で裸同然で暮らす人々のなかには、拉致され、見せ物にされた者も多くいた。だが、彼らは世界のどこにも似たものの無い独自の文化をもっていた。部外者にはほとんど明かされることのなかった祭典「ハイン」はその白眉だ。本書は、この驚くべき祭典の姿を、残された記録や往時を知る数少ない人たちの証言から丹念に描き出し、「消えた」部族の姿を生き生きと伝えている。(編集部)
内容(「BOOK」データベースより)
南米最南端のフエゴ諸島、そこは人間が定住した最南の地だった。白人の到来による迫害と伝染病の蔓延によって絶滅へと至った部族の社会、神話、そして部外者に秘匿されていた祭典の詳細をフエゴ諸島民の研究をライフワークにした人類学者が描く。20世紀初頭の貴重な写真約50点。
Anne CHAPMAN(1922-2010) アメリカの人類学者。生き残っていたわずかなセルクナムと親交をむすび、生涯を通じてフエゴ島民の社会・文化を研究した。
訳者 大川豪司 1961年生まれ。国際基督教大学卒。現在、英語の学習塾講師。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
チャップマン,アン
1922‐2010。アメリカ合衆国の人類学者。メキシコの国立人類学大学、ニューヨークのコロンビア大学、フランスのソルボンヌ大学で、レヴィ=ストロースなどに学ぶ。ホンジュラスで先住民社会(ヒカケ族、レンカ族)の研究を行い、1964年からフエゴ諸島にわずかに残っていたセルクナム族の末裔たちに交じってフィールドワークを始める。セルクナム族最後の女シャーマン、ロラ・キエプヒャの最晩年、生活を共にし、伝統文化について記録し、数多くの歌を録音した
大川/豪司
1961年東京生れ。国際基督教大学教養学部卒業。インドネシアのジャカルタで、在住日本人子弟を対象とした学習塾の講師をして四半世紀過ごす。帰国後は予備校などで受験英語を教えている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
はじめに 14
I セルクナムの神話 19
・ハイン、この「偉大なる祭典」は何のためか 20
・母権制および女たちのハイン崩壊の神話 22
・最初のハインと父権制の起源の神話 28
・ハインの秘密 29
II セルクナムの社会 35
・かつての暮らし 36
・なぜ滅びたのか 44
・慣習としてのハイン 47
III 三人の中心人物 51
・テネネスク 53
・ハリミンク 59
・グシンデ 63
IV ハイン 83
・身体彩色の技巧―日常生活用とハインの「精霊」用 84
・女子の成人儀礼 89
・ハインの精霊たちと登場の場面 112
(ショールト/オルム 命を呼びもどす者/ハイラン 淫らで不快な道化師/ハシェとワクス 騒動を起こす者/ワアシュ・ヘウワン 目に見えぬ狐/サルペン 扇情的な場面:死と出産の場面:古代母権制の長、「月」の象徴としてのサルペン/クテルネン サルペンの赤ん坊/ハラハチェス 角のある道化師/マタン バレエダンサー/コシュメンク 寝とられ亭主/クラン ひどい女/ウレン 優雅ないたずら者/タヌ 謎の精霊)
・遊戯、踊りとその他の儀式 187
(タヌの主催になる若い恋人たちの遊戯/男と女が競う遊戯/クルプシュ、あるいはペンギンの踊り/いわゆる「ヘビ踊り」/男根の儀式/好天をもたらす儀式/アシカの物真似/ケワニクスの行進/女性限定(女たちが通過儀礼を風刺する/母親たちが息子の真似をして遊ぶ))
・最後の仮説―秘密は誰のものだったのか 229
V その後のこと 233
原注 248
文献一覧 259
献辞 262
図版出典一覧 263
解説 264
訳者あとがき 270
ハインの詠唱の曲目一覧 vi
索引 i
著者アン・チャップマンにはティエラ・デル・フエゴ(フエゴ諸島)の先住民に関する複数の著書があるが、本書はそのうちの一部族、セルクナム族の祭典ハインについて書かれたものだ。冒頭からこの祭典と背景にある神話の詳細な話に入っていき、わかりにくく感じられるかもしれないので、本書と一部重複する内容もあるが、ティエラ・デル・フエゴの風土、そこに生きたセルクナム族らの先住民、彼らと西洋人との接触などについて簡単に概説しておきたい。
両親ともにセルクナムだった最後の者は一九九九年に亡くなったが(V章参照)、セルクナム族(オナ族という名でも知られる)の子孫は、まだティエラ・デル・フエゴのアルゼンチン領に住んでいる。彼らにとって先祖からの伝統は切っても切り離せないものだ。この本が彼らと、ハインの祭典の偉大なる文化的・芸術的創造性を認める人びとの役に立つことを願っている。
伝統文化の記憶を持つセルクナムの最後の人びとと交流し、記録を残し、生涯を通じてその文化の研究と紹介に取り組んだ著者が、残された記録やセルクナムの末裔たちの話などから儀式「ハイン」の様子を復元
アン チャップマン (著), Anne MacKaye Chapman (原著), 大川 豪司 (翻訳)
単行本: 277ページ
出版社: 新評論 (2017/4/24)
商品の説明
内容紹介
尖った円錐形の仮面、裸身を覆う大胆な模様、不思議なポーズ─。人類学者M・グシンデが1923年に撮影した一連の写真を初めて見る人は、古いSF映画の一場面か、またはボディペインティング・アートかと思うかもしれない。実はこれは、セルクナムという部族が脈々と続けてきた祭典「ハイン」の扮装のひとつなのだ。
セルクナム族と呼ばれる人々は、南米大陸の南端に点在するフエゴ諸島(ティエラ・デル・フエゴ)に住んでいた。そこは人間が定住した最も南の土地、「地の果て」だった。この地域には四つの異なる部族が暮らしていたが、セルクナムはそのなかでも最大のグループだった。 主島のフエゴ島とそこに住む人々の存在は、1520年、マゼランの世界周航によって初めて西洋社会に知られた。以後多くの者がこの地を訪れる。「海賊」ドレーク、キャプテン・クック、ダーウィンを乗せたビーグル号、貿易船やアザラシ猟の船、金鉱探索者、キリスト教の伝道師たち、牧場経営者たち─。島民との間に様々な軋轢が生まれ、やがて一九世紀末に至ってフエゴ島は生き地獄と化す。公然と大虐殺が行われ、伝道所に強制収容された人たちの間に伝染病が蔓延し、そこから生きて出た者はわずかだった。フエゴ島民は短期間のうちに絶滅への道を辿り、生粋のセルクナムは1999年に絶えた。
多くの西洋人の目に、フエゴ島民の生活は「野蛮」で「惨め」で、自分たちの「文化的生活」とはかけ離れたものと映った。酷寒の地で裸同然で暮らす人々のなかには、拉致され、見せ物にされた者も多くいた。だが、彼らは世界のどこにも似たものの無い独自の文化をもっていた。部外者にはほとんど明かされることのなかった祭典「ハイン」はその白眉だ。本書は、この驚くべき祭典の姿を、残された記録や往時を知る数少ない人たちの証言から丹念に描き出し、「消えた」部族の姿を生き生きと伝えている。(編集部)
内容(「BOOK」データベースより)
南米最南端のフエゴ諸島、そこは人間が定住した最南の地だった。白人の到来による迫害と伝染病の蔓延によって絶滅へと至った部族の社会、神話、そして部外者に秘匿されていた祭典の詳細をフエゴ諸島民の研究をライフワークにした人類学者が描く。20世紀初頭の貴重な写真約50点。
著者について
Anne CHAPMAN(1922-2010) アメリカの人類学者。生き残っていたわずかなセルクナムと親交をむすび、生涯を通じてフエゴ島民の社会・文化を研究した。
訳者 大川豪司 1961年生まれ。国際基督教大学卒。現在、英語の学習塾講師。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
チャップマン,アン
1922‐2010。アメリカ合衆国の人類学者。メキシコの国立人類学大学、ニューヨークのコロンビア大学、フランスのソルボンヌ大学で、レヴィ=ストロースなどに学ぶ。ホンジュラスで先住民社会(ヒカケ族、レンカ族)の研究を行い、1964年からフエゴ諸島にわずかに残っていたセルクナム族の末裔たちに交じってフィールドワークを始める。セルクナム族最後の女シャーマン、ロラ・キエプヒャの最晩年、生活を共にし、伝統文化について記録し、数多くの歌を録音した
大川/豪司
1961年東京生れ。国際基督教大学教養学部卒業。インドネシアのジャカルタで、在住日本人子弟を対象とした学習塾の講師をして四半世紀過ごす。帰国後は予備校などで受験英語を教えている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
目次
はじめに 14
I セルクナムの神話 19
・ハイン、この「偉大なる祭典」は何のためか 20
・母権制および女たちのハイン崩壊の神話 22
・最初のハインと父権制の起源の神話 28
・ハインの秘密 29
II セルクナムの社会 35
・かつての暮らし 36
・なぜ滅びたのか 44
・慣習としてのハイン 47
III 三人の中心人物 51
・テネネスク 53
・ハリミンク 59
・グシンデ 63
IV ハイン 83
・身体彩色の技巧―日常生活用とハインの「精霊」用 84
・女子の成人儀礼 89
・ハインの精霊たちと登場の場面 112
(ショールト/オルム 命を呼びもどす者/ハイラン 淫らで不快な道化師/ハシェとワクス 騒動を起こす者/ワアシュ・ヘウワン 目に見えぬ狐/サルペン 扇情的な場面:死と出産の場面:古代母権制の長、「月」の象徴としてのサルペン/クテルネン サルペンの赤ん坊/ハラハチェス 角のある道化師/マタン バレエダンサー/コシュメンク 寝とられ亭主/クラン ひどい女/ウレン 優雅ないたずら者/タヌ 謎の精霊)
・遊戯、踊りとその他の儀式 187
(タヌの主催になる若い恋人たちの遊戯/男と女が競う遊戯/クルプシュ、あるいはペンギンの踊り/いわゆる「ヘビ踊り」/男根の儀式/好天をもたらす儀式/アシカの物真似/ケワニクスの行進/女性限定(女たちが通過儀礼を風刺する/母親たちが息子の真似をして遊ぶ))
・最後の仮説―秘密は誰のものだったのか 229
V その後のこと 233
原注 248
文献一覧 259
献辞 262
図版出典一覧 263
解説 264
訳者あとがき 270
ハインの詠唱の曲目一覧 vi
索引 i
「本書をお読みいただく前に」の冒頭部分
著者アン・チャップマンにはティエラ・デル・フエゴ(フエゴ諸島)の先住民に関する複数の著書があるが、本書はそのうちの一部族、セルクナム族の祭典ハインについて書かれたものだ。冒頭からこの祭典と背景にある神話の詳細な話に入っていき、わかりにくく感じられるかもしれないので、本書と一部重複する内容もあるが、ティエラ・デル・フエゴの風土、そこに生きたセルクナム族らの先住民、彼らと西洋人との接触などについて簡単に概説しておきたい。
「はじめに」の冒頭部分
両親ともにセルクナムだった最後の者は一九九九年に亡くなったが(V章参照)、セルクナム族(オナ族という名でも知られる)の子孫は、まだティエラ・デル・フエゴのアルゼンチン領に住んでいる。彼らにとって先祖からの伝統は切っても切り離せないものだ。この本が彼らと、ハインの祭典の偉大なる文化的・芸術的創造性を認める人びとの役に立つことを願っている。
書評
伝統文化の記憶を持つセルクナムの最後の人びとと交流し、記録を残し、生涯を通じてその文化の研究と紹介に取り組んだ著者が、残された記録やセルクナムの末裔たちの話などから儀式「ハイン」の様子を復元
○■世界あやとり紀行―精霊の遊戯■ ― 2017年09月02日 22:09
自然発生的に世界各地で生まれたあやとりは、西洋文明の発達と普及に伴い消えていったという。あやとりという行為に伴う精神活動に、人が人であるためのヒントがあるのかもしれない。
シシドユキオ (著), 野口廣 (著), マーク・A・シャーマン (著), 建築・都市ワークショップ (編集), 七字由宇 (イラスト)
単行本(ソフトカバー): 69ページ
出版社: INAXo (2006/12/15)
ここに一本の紐があります。結んで輪をつくって、手にかける。指で取ったり、外したり、くぐらせたり。ダンスをするかのように、紐を動かしていく。最後にぱっと開くと、思いもよらない形になります。あやとりは世界中で楽しまれてきました。風土を反映した多様なテーマや、複雑な形を見ると、人びとの飽くなき創造力を感じずにはいられません。けれども、ひとたび手を離すと跡形もなく消えてしまう、儚い伝承でもあるのです。実際に取ることによって残り、伝わるあやとり。紐を手に、古からの叡智を体感してみましょう。
紐を携えて世界を巡る、あやとりの旅。オセアニアから極北圏、北南アメリカ、アフリカ、アジアまでを訪ね、その土地ならではの様々なあやとりの形を紹介。紐を手に、古からの叡智を体感してみましょう。
シシドユキオ Yukio SHISHIDO
あやとり研究者、国際あやとり協会会員
1952年、京都府生まれ。高校卒業後、書店業に従事しながらあやとりの研究を始める。「ナウルあやとり問題」の解決や、ネイティブ・アメリカンの世界に受け入れられた創作あやとりなどにより、海外の愛好家から高い評価を得ている。論文「The Reconstruction of the Remaining Unsolved Nauruan String Figures」(『BISFA』3:108-130)ほか。
野口廣 Hiroshi NOGUCHI
早稲田大学名誉教授、国際あやとり協会編集顧問
1925年、東京生まれ。理学博士。東北大学理学部数学科卒業後、ミシガン大学に留学。イリノイ大学客員教授、早稲田大学教授を経て同大学名誉教授となる。78年、日本あやとり協会を設立。93年より2004年まで(財)数学オリンピック財団理事長を務め、現在、情報オリンピック日本委員会専務理事。著書、専門の学術書のほかに、『あやとり』正、続、続々(河出書房新社)、『キキとララのかんたんあやとり』(サンリオ)ほか。
マーク・A・シャーマン Mark A. SHERMAN
分子生物学者、国際あやとり協会会長。
1960年、アメリカ・オハイオ州生まれ。86年、南カリフォルニア大学薬学部バイオ薬化学博士課程修了。カリフォルニア大学でのポストドクター(分子生物学・分子遺伝学)を経て、89年からシティ・オブ・ホープ・ベックマン研究所員。現在は分子モデリングを研究。著著『Kwakiutl String Figures 』(UniversityofWashington Press)ほか。
もくじ/あやとり分布図 10-11
オセアニア 12
天の川 ◇パプアニューギニア 12-15
こぶた ◇ローヤルティ諸島 16
人食い鬼 ◇ソロモン諸島 17
カワソリの罠 ◇パプアニューギニア ☆やってみよう! 18-19
パプアニューギニアのあやとり 20-21
ウミヘビ ◇トレス海峡諸島のマレー島 22
赤ん坊が生まれる ◇オーストラリア・イッルカラ 23
たつまき ◇オーストラリア・ヨーク岬 24
アボリジニのあやとり 25
サンゴ ◇ヤップ島 26
ひょうたん ◇ハワイ 27
エイゲメアング ◇ナウル 28
ナウルのあやとり 29
伝説の精霊 クハとラチ ◇ラパヌイ(イースター島) 30
ラパヌイのあやとり 31
マウイ四兄弟 ◇ニュージーランド 32
マオリのあやとり 33
コラム◎文字のない社会とあやとり 33
極北圏 34
耳の大きな犬 ◇カナダ・コパーマイン地方 34-35
山並み または オイルランプの炎 36
山間の月 37
白鳥 38
極北圏のあやとり 39
北アメリカ 40
ナバホの蝶 ◇アメリカ ☆やってみよう! 40-43
ナバホのあやとり 43
テントの幕 または ナバホの敷物 ◇アメリカ 44
赤ん坊占い ◇アメリカ ☆やってみよう! 45-47
南アメリカ 48
火山 ◇アルゼンチン 48
コウモリの群れ ◇ブラジル 49
ブラジルのあやとり 50
ガイアナのあやとり 50
ペルーのあやとり 51
アフリカ 52
木琴 ◇モザンビーク 52
集会場 ◇カメルーン、赤道ギニア、ガボン 53
鳥の巣 ◇スーダン 54
エチオピアのあやとり 55
アジア 56
インドのあやとり 56
中国のあやとり 57
お守り ◇日本 ☆やってみよう! 58-60
あやとりとともに 野口廣 61
ISFA、国際あやとり協会の活動と成果 マーク・A・シャーマン 67
参考文献 71
執筆者紹介 72
自然発生的に世界各地で生まれたあやとりは、西洋文明の発達と普及に伴い消えていったという。あやとりという行為に伴う精神活動に、人が人であるためのヒントがあるのかもしれない。
シシドユキオ (著), 野口廣 (著), マーク・A・シャーマン (著), 建築・都市ワークショップ (編集), 七字由宇 (イラスト)
単行本(ソフトカバー): 69ページ
出版社: INAXo (2006/12/15)
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
ここに一本の紐があります。結んで輪をつくって、手にかける。指で取ったり、外したり、くぐらせたり。ダンスをするかのように、紐を動かしていく。最後にぱっと開くと、思いもよらない形になります。あやとりは世界中で楽しまれてきました。風土を反映した多様なテーマや、複雑な形を見ると、人びとの飽くなき創造力を感じずにはいられません。けれども、ひとたび手を離すと跡形もなく消えてしまう、儚い伝承でもあるのです。実際に取ることによって残り、伝わるあやとり。紐を手に、古からの叡智を体感してみましょう。
内容(「MARC」データベースより)
紐を携えて世界を巡る、あやとりの旅。オセアニアから極北圏、北南アメリカ、アフリカ、アジアまでを訪ね、その土地ならではの様々なあやとりの形を紹介。紐を手に、古からの叡智を体感してみましょう。
著者について
シシドユキオ Yukio SHISHIDO
あやとり研究者、国際あやとり協会会員
1952年、京都府生まれ。高校卒業後、書店業に従事しながらあやとりの研究を始める。「ナウルあやとり問題」の解決や、ネイティブ・アメリカンの世界に受け入れられた創作あやとりなどにより、海外の愛好家から高い評価を得ている。論文「The Reconstruction of the Remaining Unsolved Nauruan String Figures」(『BISFA』3:108-130)ほか。
野口廣 Hiroshi NOGUCHI
早稲田大学名誉教授、国際あやとり協会編集顧問
1925年、東京生まれ。理学博士。東北大学理学部数学科卒業後、ミシガン大学に留学。イリノイ大学客員教授、早稲田大学教授を経て同大学名誉教授となる。78年、日本あやとり協会を設立。93年より2004年まで(財)数学オリンピック財団理事長を務め、現在、情報オリンピック日本委員会専務理事。著書、専門の学術書のほかに、『あやとり』正、続、続々(河出書房新社)、『キキとララのかんたんあやとり』(サンリオ)ほか。
マーク・A・シャーマン Mark A. SHERMAN
分子生物学者、国際あやとり協会会長。
1960年、アメリカ・オハイオ州生まれ。86年、南カリフォルニア大学薬学部バイオ薬化学博士課程修了。カリフォルニア大学でのポストドクター(分子生物学・分子遺伝学)を経て、89年からシティ・オブ・ホープ・ベックマン研究所員。現在は分子モデリングを研究。著著『Kwakiutl String Figures 』(UniversityofWashington Press)ほか。
目次
巻頭カラーグラビアもくじ/あやとり分布図 10-11
オセアニア 12
天の川 ◇パプアニューギニア 12-15
こぶた ◇ローヤルティ諸島 16
人食い鬼 ◇ソロモン諸島 17
カワソリの罠 ◇パプアニューギニア ☆やってみよう! 18-19
パプアニューギニアのあやとり 20-21
ウミヘビ ◇トレス海峡諸島のマレー島 22
赤ん坊が生まれる ◇オーストラリア・イッルカラ 23
たつまき ◇オーストラリア・ヨーク岬 24
アボリジニのあやとり 25
サンゴ ◇ヤップ島 26
ひょうたん ◇ハワイ 27
エイゲメアング ◇ナウル 28
ナウルのあやとり 29
伝説の精霊 クハとラチ ◇ラパヌイ(イースター島) 30
ラパヌイのあやとり 31
マウイ四兄弟 ◇ニュージーランド 32
マオリのあやとり 33
コラム◎文字のない社会とあやとり 33
極北圏 34
耳の大きな犬 ◇カナダ・コパーマイン地方 34-35
山並み または オイルランプの炎 36
山間の月 37
白鳥 38
極北圏のあやとり 39
北アメリカ 40
ナバホの蝶 ◇アメリカ ☆やってみよう! 40-43
ナバホのあやとり 43
テントの幕 または ナバホの敷物 ◇アメリカ 44
赤ん坊占い ◇アメリカ ☆やってみよう! 45-47
南アメリカ 48
火山 ◇アルゼンチン 48
コウモリの群れ ◇ブラジル 49
ブラジルのあやとり 50
ガイアナのあやとり 50
ペルーのあやとり 51
アフリカ 52
木琴 ◇モザンビーク 52
集会場 ◇カメルーン、赤道ギニア、ガボン 53
鳥の巣 ◇スーダン 54
エチオピアのあやとり 55
アジア 56
インドのあやとり 56
中国のあやとり 57
お守り ◇日本 ☆やってみよう! 58-60
あやとりとともに 野口廣 61
ISFA、国際あやとり協会の活動と成果 マーク・A・シャーマン 67
参考文献 71
執筆者紹介 72
書評
自然発生的に世界各地で生まれたあやとりは、西洋文明の発達と普及に伴い消えていったという。あやとりという行為に伴う精神活動に、人が人であるためのヒントがあるのかもしれない。
○■ヒトと文明:狩猟採集民から現代を見る■ ― 2017年08月22日 10:32
83歳の人類学者はゴーギャンの絵を引いて、人類学は「我々はどこへ行くのか」を探求するという。彼が狩猟採集民を持ちだす意味を知って欲しい。
尾本 恵市 (著)
新書: 296ページ
出版社: 筑摩書房 (2016/12/6)
「日本人はどこから来て、どこに行くのか?
尾本人類学の集大成! 」
福岡伸一氏(『生物と無生物のあいだ』著者)大推薦。
二〇世紀後半から、生物学としての人類学「ヒト学」は大きく変貌した。著者の専門である分子人類学は、タンパクの遺伝マーカーの研究で始まったが、現在ではゲノム全体の情報を用い、アジアの古層民族集団の起源および系統進化を明らかにしつつある。さらに、日本で長い歴史をもつ人類学は、文理合同の学際研究を通じて、ヒトの特異性と多様性および起源の総合的な解明をめざす。本書は筆者の研究史を追いながら、「DNAから人権まで」をモットーに「文明とは何か」「先住民族の人権」「人類学者の社会的責任」などの問題を解き明かしてゆく。
内容(「BOOK」データベースより)
二〇世紀後半から、生物学としての人類学「ヒト学」は大きく変貌した。著者の専門である分子人類学は、タンパクの遺伝マーカーの研究で始まったが、現在ではゲノム全体の情報を用い、アジアの古層民族集団の起源および系統進化を明らかにしつつある。さらに、日本で長い歴史をもつ人類学は、文理合同の学際研究を通じて、ヒトの特異性と多様性および起源の総合的な解明をめざす。本書は筆者の研究史を追いながら、「DNAから人権まで」をモットーに「文明とは何か」「先住民族の人権」「人類学者の社会的責任」などの問題を解き明かしてゆく。
尾本/恵市
1933年、東京生まれ。1963年東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。Ph.D.(ミュンヘン大学)、理学博士(東京大学)。東京大学理学部教授、国際日本文化研究センター教授、桃山学院大学文学部教授を歴任。人類学・人類遺伝学専攻。日本人、アイヌ、フィリピンのネグリト等の遺伝的起源に関する研究を実施(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
第一章 人類学との出会い 017
1 昆虫少年からの出発 017
2 人類学とは何か 026
第二章 ユニークな動物・ヒト 039
1 人間に関する用語―人間・人類・ヒト 039
2 ヒトの特徴と進化 043
3 脳と心 050
4 ヒトの成長と生活史 060
第三章 日本人の起源 067
1 さまざまな日本人起源論 067
2 分子人類学の登場 071
第四章 ヒトの地理的多様性 095
1 出アフリカと拡散 095
2 地理的多様性はなぜ生じたか 106
第五章 ヒトにとって文明とは何か 119
1 文明の成り立ち 119
2 狩猟採集民と農耕民 134
第六章 現代文明とヒト 157
1 地球史の中のヒトと文明 157
2 文明は「もろ刃の剣」 173
第七章 先住民族の人権 195
1 いまなぜ先住民族か 195
2 狩猟採集民こそ真の先住民族 209
終章 残された問題 227
1 植民地主義――最大の人権問題 227
2 自己規制する発展は可能か 250
おわりに 277
参考文献 291
人間は微生物やウイルスを絶対に根絶できないだろう。日本の大学医学部から「寄生虫学教室」をなくしたことは、浅はかな大学行政の誤算だった(杉晴夫)。今、東大の「人類学教室」が消えようとしている。生物科学という総合的ではあるが学問の文化・特異性を無視する体制にひとからげに組み込まれるのは賛成できない。仮に、ネットで基礎学問に関する人気投票をしてみればよい。人類学は必ず上位に入るだろう。
尾本 恵市 (著)
新書: 296ページ
出版社: 筑摩書房 (2016/12/6)
商品の説明
内容紹介
「日本人はどこから来て、どこに行くのか?
尾本人類学の集大成! 」
福岡伸一氏(『生物と無生物のあいだ』著者)大推薦。
二〇世紀後半から、生物学としての人類学「ヒト学」は大きく変貌した。著者の専門である分子人類学は、タンパクの遺伝マーカーの研究で始まったが、現在ではゲノム全体の情報を用い、アジアの古層民族集団の起源および系統進化を明らかにしつつある。さらに、日本で長い歴史をもつ人類学は、文理合同の学際研究を通じて、ヒトの特異性と多様性および起源の総合的な解明をめざす。本書は筆者の研究史を追いながら、「DNAから人権まで」をモットーに「文明とは何か」「先住民族の人権」「人類学者の社会的責任」などの問題を解き明かしてゆく。
内容(「BOOK」データベースより)
二〇世紀後半から、生物学としての人類学「ヒト学」は大きく変貌した。著者の専門である分子人類学は、タンパクの遺伝マーカーの研究で始まったが、現在ではゲノム全体の情報を用い、アジアの古層民族集団の起源および系統進化を明らかにしつつある。さらに、日本で長い歴史をもつ人類学は、文理合同の学際研究を通じて、ヒトの特異性と多様性および起源の総合的な解明をめざす。本書は筆者の研究史を追いながら、「DNAから人権まで」をモットーに「文明とは何か」「先住民族の人権」「人類学者の社会的責任」などの問題を解き明かしてゆく。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
尾本/恵市
1933年、東京生まれ。1963年東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。Ph.D.(ミュンヘン大学)、理学博士(東京大学)。東京大学理学部教授、国際日本文化研究センター教授、桃山学院大学文学部教授を歴任。人類学・人類遺伝学専攻。日本人、アイヌ、フィリピンのネグリト等の遺伝的起源に関する研究を実施(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
目次
はじめに 009第一章 人類学との出会い 017
1 昆虫少年からの出発 017
2 人類学とは何か 026
第二章 ユニークな動物・ヒト 039
1 人間に関する用語―人間・人類・ヒト 039
2 ヒトの特徴と進化 043
3 脳と心 050
4 ヒトの成長と生活史 060
第三章 日本人の起源 067
1 さまざまな日本人起源論 067
2 分子人類学の登場 071
第四章 ヒトの地理的多様性 095
1 出アフリカと拡散 095
2 地理的多様性はなぜ生じたか 106
第五章 ヒトにとって文明とは何か 119
1 文明の成り立ち 119
2 狩猟採集民と農耕民 134
第六章 現代文明とヒト 157
1 地球史の中のヒトと文明 157
2 文明は「もろ刃の剣」 173
第七章 先住民族の人権 195
1 いまなぜ先住民族か 195
2 狩猟採集民こそ真の先住民族 209
終章 残された問題 227
1 植民地主義――最大の人権問題 227
2 自己規制する発展は可能か 250
おわりに 277
参考文献 291
「おわりに」より
人間は微生物やウイルスを絶対に根絶できないだろう。日本の大学医学部から「寄生虫学教室」をなくしたことは、浅はかな大学行政の誤算だった(杉晴夫)。今、東大の「人類学教室」が消えようとしている。生物科学という総合的ではあるが学問の文化・特異性を無視する体制にひとからげに組み込まれるのは賛成できない。仮に、ネットで基礎学問に関する人気投票をしてみればよい。人類学は必ず上位に入るだろう。
書評
83歳の人類学者はゴーギャンの絵を引いて、人類学は「我々はどこへ行くのか」を探求するという。彼が狩猟採集民を持ちだす意味を知って欲しい。◎■神話伝説辞典■ ― 2017年08月18日 22:09
普段から交流のある国文学、民俗学、神話学を先行する四人の学者が共同で編集したこの辞典で、この地の人々が伝承してきた重要な知識を綜合的に振り返る
朝倉 治彦 (編さん)
単行本: 513ページ
出版社: 東京堂出版 (1963/04)
日本の神話・伝説・説話・昔話・信仰・歌謡など説話的要素をもつ一切の伝承文芸を収め、学問的成果をとり入れてやさしく解説す。
朝倉 治彦
井之口 章次
岡野 弘彦
松前 健
序 一
凡例 六
分類項目表 七
本文 二三
作品 五一三
一、この辞典は日本の神話・伝説・昔話・説話およびそれに関連する歌謡・芸能・信仰などの項目について解説したものである。説明にはなるべく話の内容を示すように努めた。
一、上代古典にあらわれる人物は、すべて神話の部に入れた。また豊臣秀吉、源義経など実在の人物であっても、その伝記が著しく伝説的性質を帯びているものは、項目として選んだ。
一、時代の呼び方は、奈良時代・平安時代・鎌倉時代などとし、場合によっては古代・中世・近世などと記した。
一、古事記・日本書紀・日本国現報善悪霊異記・新撰姓氏録・延喜式神名帳・古今和歌集などの書名は、それぞれ記、紀、霊異記、姓氏録、神名帳、古今集のように、一般に知られている略称で記し、また日本書紀垂仁天皇の条などは、垂仁紀と略記した場合がある。
一、神話・伝説などの出典は、できるだけ示すようにした。口頭伝承の伝説・昔話の場合は、柳田国男編『日本伝説名彙』、関敬吾著『日本昔話集成』などに集成されているので、伝承者・採録者や出典を省いた。
一、分類項目表では、二つ以上の分類に関連する項目は二ヶ所以上にかかげた。
一、分類項目表の歌謡の部には、歌謡の他に芸能をも納めている。
1 総論 七
(巨人伝説、口承文芸、旅芸人、童話、能、祭など)
2 神話 八
(安曇磯良、海部、現人神、高天原、小さ子話、中臣氏、倭建命など)
3 伝説 一〇
(石の成長、小野小町、座頭転し、なんじゃもんじゃ、養老の滝など)
4 昔話 一三
(姥捨山、和尚と小僧、吉四六話、鶴女房、無精くらべなど)
5 説話 一五
(赤城の本地、石川五右衛門、おしら祭文、蝉丸、明徳記など)
6 歌謡 一七
(阿漕、采女、久米歌、浄瑠璃、土蜘蛛、和讃など)
7 信仰 一九
(淡島信仰、いたこ、百鬼夜行、来世観、六部など)
普段から交流のある国文学、民俗学、神話学を先行する四人の学者が共同で編集したこの辞典で、この地の人々が伝承してきた重要な知識を綜合的に振り返る
朝倉 治彦 (編さん)
単行本: 513ページ
出版社: 東京堂出版 (1963/04)
■商品の説明
内容紹介
日本の神話・伝説・説話・昔話・信仰・歌謡など説話的要素をもつ一切の伝承文芸を収め、学問的成果をとり入れてやさしく解説す。
共編者
朝倉 治彦
井之口 章次
岡野 弘彦
松前 健
■目次
序 一
凡例 六
分類項目表 七
本文 二三
作品 五一三
■凡例(抜粋)
一、この辞典は日本の神話・伝説・昔話・説話およびそれに関連する歌謡・芸能・信仰などの項目について解説したものである。説明にはなるべく話の内容を示すように努めた。
一、上代古典にあらわれる人物は、すべて神話の部に入れた。また豊臣秀吉、源義経など実在の人物であっても、その伝記が著しく伝説的性質を帯びているものは、項目として選んだ。
一、時代の呼び方は、奈良時代・平安時代・鎌倉時代などとし、場合によっては古代・中世・近世などと記した。
一、古事記・日本書紀・日本国現報善悪霊異記・新撰姓氏録・延喜式神名帳・古今和歌集などの書名は、それぞれ記、紀、霊異記、姓氏録、神名帳、古今集のように、一般に知られている略称で記し、また日本書紀垂仁天皇の条などは、垂仁紀と略記した場合がある。
一、神話・伝説などの出典は、できるだけ示すようにした。口頭伝承の伝説・昔話の場合は、柳田国男編『日本伝説名彙』、関敬吾著『日本昔話集成』などに集成されているので、伝承者・採録者や出典を省いた。
一、分類項目表では、二つ以上の分類に関連する項目は二ヶ所以上にかかげた。
一、分類項目表の歌謡の部には、歌謡の他に芸能をも納めている。
■分類項目表目次
1 総論 七
(巨人伝説、口承文芸、旅芸人、童話、能、祭など)
2 神話 八
(安曇磯良、海部、現人神、高天原、小さ子話、中臣氏、倭建命など)
3 伝説 一〇
(石の成長、小野小町、座頭転し、なんじゃもんじゃ、養老の滝など)
4 昔話 一三
(姥捨山、和尚と小僧、吉四六話、鶴女房、無精くらべなど)
5 説話 一五
(赤城の本地、石川五右衛門、おしら祭文、蝉丸、明徳記など)
6 歌謡 一七
(阿漕、采女、久米歌、浄瑠璃、土蜘蛛、和讃など)
7 信仰 一九
(淡島信仰、いたこ、百鬼夜行、来世観、六部など)
■書評
普段から交流のある国文学、民俗学、神話学を先行する四人の学者が共同で編集したこの辞典で、この地の人々が伝承してきた重要な知識を綜合的に振り返る
○■山の仕事、山の暮らし■ ― 2017年07月28日 20:45
山の仕事は多様だ。山岳救助隊、山小屋経営、登山ガイド、ユリの栽培、天然氷の製造。ぜんまいとり、狩猟、サンショウウオとり。養蜂、峠の茶屋、ウルシカキ、炭焼き。山は厳しく、山は自由だ。
高桑 信一 (著)
単行本: 446ページ
出版社: つり人社 (2002/12)
■商品の説明
内容紹介
失われつつある山の民の姿を活写し、単行本刊行時各紙誌で絶賛された高桑信一氏の代表作が、ヤマケイ文庫に!
書名どおり、日本各地で、山で生きる市井の人々の姿を活写した名作です。
もとは「渓流」(つり人社)に連載され、取材期間は10年にも及ぶものでした。
2002年、つり人社から単行本が刊行されると、各紙誌で絶賛されました。
著者の高桑信一氏は、登山を通して独自の視点で「山」を表現してきましたが、本書ではそこで暮らす人の姿が主題となっており、登山の域を超えた作家となる端緒となった作品です。
狩猟をはじめ、山での暮らしが注目される今、本書は新たな価値を帯びています。
高桑信一 1949年、秋田県生まれ。電電公社からNTT勤務を経て02年退社。
「ろうまん山房」を設立してフリーランスに。主に取材カメラマン、ライター、渓流ガイドとして活動する。
著書に「一期一会の渓」「山の仕事、山の暮らし」「希望の里暮らし」(つり人社)「道なき渓への招待」「古道巡礼」(東京新聞出版局)「渓をわたる風」(平凡社)「森と水の恵み」(編著・みすず書房)などがある。 --このテキストは、文庫版に関連付けられています。
著者からのコメント
著者 高桑信一 , 2003/03/07
滅びつつも、逞しく生きる山びとの譜
「山の仕事、山の暮らし」は、「渓流」という雑誌に十年間連載されたものをまとめました。「渓流」は年に二冊の発行ですので、二十人になるはずですが、それが十九人で終わってしまったのは、それだけ山に糧を求めて生きているひとが少なくなったからです。つまりこの本は、滅びゆく山びとたちを綴った本なのです。けれどそこには悲しみがありません。晴朗とした日本の山河と、山に生きるひとびとの、おおらかな生き様があるばかりです。
446ページという厚い本になってしまったのは、多くの写真を使ったからです。全体の半分近くをモノクロの写真が占めていますので、文だけではなく、目でも楽しんで戴けると思います。多くの方々に読んでいただけたらうれしいことです。
内容(「BOOK」データベースより)
穏やかな時間の流れに支配される、山の暮らし。ゼンマイ採り、炭焼き、サンショウウオ採り、ウルシ掻き…。厳しく、美しい日本の山を仕事の場と選び、そこに暮らす19の物語り。
内容(「MARC」データベースより)
日本の山から姿を消そうとしている山棲みの民たちの暮らしを10年に渡って追い続けた、美しいルポルタージュ。月刊つり人別冊『渓流』で「山に生きる」のタイトルで連載されたものに訂正、加筆する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
高桑/信一
1949年、秋田県男鹿市生まれ。十代から登山をはじめ、海外の高峰にも足を延ばすが、いつしか日本の風土に還る。奥利根越後沢尾根冬季初登、剱沢大滝完登などの山歴を持つが、この国の原風景に出会う山旅をこよなく愛する。夏は沢登り、冬は雪稜登高を好み、奥利根や会越国境、下田・川内など、原始の姿をとどめる山域に精通する。古道や消えゆく山里の暮らしを追ったルポを、山岳関係の雑誌などに執筆する。2002年から「ろうまん山房」を設立し、フリーランスのライター、カメラマン、山岳ガイドを本業とする。浦和浪漫山岳会会員。埼玉県杉戸町在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
1只見のゼンマイ取り 菅家喜与一 12
2南会津の峠の茶屋 中村源治 34
3川内の山中、たったひとりの町内会長 渡邊慶作 54
4檜枝岐の山椒魚採り 星寛 72
5足尾・奈良のシカ撃ち 井上盛次 94
6只見奥山、夫婦径 佐藤恒作 116
7奥利根の山守り 高柳盛芳 136
8会津奥山の蜂飼い 松本雄鳳 158
9仙人池ヒュッテの女主人 志鷹静代 182
10檜枝岐の雪が極めたワカン作り 平野茂 206
11越後山中に白炭を焼く暮らし 大津勝雄 226
12谷川岳・遭難救助に捧げた半生 馬場保男 252
13尾瀬・冬物語 谷川洋一 276
14森のひとの、夢を育むヒメサユリの花 月田礼次郎 296
15岩手・浄法寺町の漆掻き 佐藤春雄 318
16朝日・飯豊の山々とともに生きる 関英俊 342
17西上州、猟ひと筋の人生 二階堂九蔵 366
18さすらいの果てに黒部に環る 志水哲也 392
19秩父の天然水に魅せられた半生 阿佐美哲男 416
■「はじめに」の冒頭部分
滝をひとつ越え、瀬音を楽しむようにして流れを遡ると広い台地に出た。渓の奥に残雪を戴いた県境の尾根が横たわり、燃えあがる緑の森の向こうでカッコウの声が谺していた。青い空から、春の光がまっすぐに降っていた。
「まるで桃源郷のようだね」
私は思わず仲間たちに呟いた。
流れにほど近い広場の隅にゼンマイ小屋があった。小屋の前に大きなビニールシートが何枚も敷かれ、褐色に縮んだ、おびただしいゼンマイが干されていた。そのビニールシートの上で、ひとりの女性が一心にゼンマイを揉んでいた。絣のモンペに絣の作業着を着て手甲を付け、日よけの菅笠をかぶっていた。それはまるで一枚の絵であった。森と流れとそのひとが、ひとつの風景を醸しだしていた。
私たちに気づいた彼女は、作業の手を休めてふり返った。
「どこからきやった。お茶でも呑んだらいいべ」
そう声をかけてくれたのである。
■書評
山の仕事は多様だ。山岳救助隊、山小屋経営、登山ガイド、ユリの栽培、天然氷の製造。ぜんまいとり、狩猟、サンショウウオとり。養蜂、峠の茶屋、ウルシカキ、炭焼き。山は厳しく、山は自由だ。
高桑 信一 (著)
単行本: 446ページ
出版社: つり人社 (2002/12)
■商品の説明
内容紹介
失われつつある山の民の姿を活写し、単行本刊行時各紙誌で絶賛された高桑信一氏の代表作が、ヤマケイ文庫に!
書名どおり、日本各地で、山で生きる市井の人々の姿を活写した名作です。
もとは「渓流」(つり人社)に連載され、取材期間は10年にも及ぶものでした。
2002年、つり人社から単行本が刊行されると、各紙誌で絶賛されました。
著者の高桑信一氏は、登山を通して独自の視点で「山」を表現してきましたが、本書ではそこで暮らす人の姿が主題となっており、登山の域を超えた作家となる端緒となった作品です。
狩猟をはじめ、山での暮らしが注目される今、本書は新たな価値を帯びています。
高桑信一 1949年、秋田県生まれ。電電公社からNTT勤務を経て02年退社。
「ろうまん山房」を設立してフリーランスに。主に取材カメラマン、ライター、渓流ガイドとして活動する。
著書に「一期一会の渓」「山の仕事、山の暮らし」「希望の里暮らし」(つり人社)「道なき渓への招待」「古道巡礼」(東京新聞出版局)「渓をわたる風」(平凡社)「森と水の恵み」(編著・みすず書房)などがある。 --このテキストは、文庫版に関連付けられています。
著者からのコメント
著者 高桑信一 , 2003/03/07
滅びつつも、逞しく生きる山びとの譜
「山の仕事、山の暮らし」は、「渓流」という雑誌に十年間連載されたものをまとめました。「渓流」は年に二冊の発行ですので、二十人になるはずですが、それが十九人で終わってしまったのは、それだけ山に糧を求めて生きているひとが少なくなったからです。つまりこの本は、滅びゆく山びとたちを綴った本なのです。けれどそこには悲しみがありません。晴朗とした日本の山河と、山に生きるひとびとの、おおらかな生き様があるばかりです。
446ページという厚い本になってしまったのは、多くの写真を使ったからです。全体の半分近くをモノクロの写真が占めていますので、文だけではなく、目でも楽しんで戴けると思います。多くの方々に読んでいただけたらうれしいことです。
内容(「BOOK」データベースより)
穏やかな時間の流れに支配される、山の暮らし。ゼンマイ採り、炭焼き、サンショウウオ採り、ウルシ掻き…。厳しく、美しい日本の山を仕事の場と選び、そこに暮らす19の物語り。
内容(「MARC」データベースより)
日本の山から姿を消そうとしている山棲みの民たちの暮らしを10年に渡って追い続けた、美しいルポルタージュ。月刊つり人別冊『渓流』で「山に生きる」のタイトルで連載されたものに訂正、加筆する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
高桑/信一
1949年、秋田県男鹿市生まれ。十代から登山をはじめ、海外の高峰にも足を延ばすが、いつしか日本の風土に還る。奥利根越後沢尾根冬季初登、剱沢大滝完登などの山歴を持つが、この国の原風景に出会う山旅をこよなく愛する。夏は沢登り、冬は雪稜登高を好み、奥利根や会越国境、下田・川内など、原始の姿をとどめる山域に精通する。古道や消えゆく山里の暮らしを追ったルポを、山岳関係の雑誌などに執筆する。2002年から「ろうまん山房」を設立し、フリーランスのライター、カメラマン、山岳ガイドを本業とする。浦和浪漫山岳会会員。埼玉県杉戸町在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
1只見のゼンマイ取り 菅家喜与一 12
2南会津の峠の茶屋 中村源治 34
3川内の山中、たったひとりの町内会長 渡邊慶作 54
4檜枝岐の山椒魚採り 星寛 72
5足尾・奈良のシカ撃ち 井上盛次 94
6只見奥山、夫婦径 佐藤恒作 116
7奥利根の山守り 高柳盛芳 136
8会津奥山の蜂飼い 松本雄鳳 158
9仙人池ヒュッテの女主人 志鷹静代 182
10檜枝岐の雪が極めたワカン作り 平野茂 206
11越後山中に白炭を焼く暮らし 大津勝雄 226
12谷川岳・遭難救助に捧げた半生 馬場保男 252
13尾瀬・冬物語 谷川洋一 276
14森のひとの、夢を育むヒメサユリの花 月田礼次郎 296
15岩手・浄法寺町の漆掻き 佐藤春雄 318
16朝日・飯豊の山々とともに生きる 関英俊 342
17西上州、猟ひと筋の人生 二階堂九蔵 366
18さすらいの果てに黒部に環る 志水哲也 392
19秩父の天然水に魅せられた半生 阿佐美哲男 416
■「はじめに」の冒頭部分
滝をひとつ越え、瀬音を楽しむようにして流れを遡ると広い台地に出た。渓の奥に残雪を戴いた県境の尾根が横たわり、燃えあがる緑の森の向こうでカッコウの声が谺していた。青い空から、春の光がまっすぐに降っていた。
「まるで桃源郷のようだね」
私は思わず仲間たちに呟いた。
流れにほど近い広場の隅にゼンマイ小屋があった。小屋の前に大きなビニールシートが何枚も敷かれ、褐色に縮んだ、おびただしいゼンマイが干されていた。そのビニールシートの上で、ひとりの女性が一心にゼンマイを揉んでいた。絣のモンペに絣の作業着を着て手甲を付け、日よけの菅笠をかぶっていた。それはまるで一枚の絵であった。森と流れとそのひとが、ひとつの風景を醸しだしていた。
私たちに気づいた彼女は、作業の手を休めてふり返った。
「どこからきやった。お茶でも呑んだらいいべ」
そう声をかけてくれたのである。
■書評
山の仕事は多様だ。山岳救助隊、山小屋経営、登山ガイド、ユリの栽培、天然氷の製造。ぜんまいとり、狩猟、サンショウウオとり。養蜂、峠の茶屋、ウルシカキ、炭焼き。山は厳しく、山は自由だ。
○■ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物 (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)■ ― 2017年06月30日 18:23
人類以外で農業に手を出した唯一の集団として見ると、人類の行く末を考える上で大変面白いのがハキリアリである
バート・ヘルドブラー (著), エドワード・O・ウィルソン (著), 梶山あゆみ (翻訳)
単行本: 176ページ
出版社: 飛鳥新社 (2012/4/19)
■商品の説明
内容紹介
テレビなどでもおなじみ、地球上で最も人間くさい振る舞いをする昆虫、ハキリアリのすべて。
切り取った葉で食用キノコを栽培し、2000部屋もある大住居を構え、体の表面で抗生物質まで作り出す。
驚くべきハキリアリの生態にピューリッツァー賞作家が迫る!
80点以上の写真、イラストをオールカラーで収録! !
内容(「BOOK」データベースより)
地球上で最も人間くさい振る舞いをする昆虫のすべて。切り取った葉で食用キノコを栽培し、2000部屋もある大住居を構え、体の表面で抗生物質まで作り出す。驚くべきハキリアリの生態にピューリッツァー賞作家が迫る。80点以上のカラー写真、イラストを収録。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ヘルドブラー,バート
米国アリゾナ州立大学(ASU)の生命科学部創立教授。ASUの前には、ハーヴァード大学で動物学のアレグザンダー・アガシ記念教授(1973~1990年)を、またドイツのヴュルツブルク大学で行動生理学・社会生物学部長(1989~2004年)を務める。2002年にはコーネル大学アンドリュー・D・ホワイト記念教授に任命されている。国内外のさまざまな学術団体の会員でもあり、主なものにはドイツのレオポルディナ科学アカデミー、アメリカ哲学会、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ科学財団などがある
ウィルソン,エドワード・O.
1929年、米国アラバマ州バーミングハム生まれ。幼い頃から自然環境に興味を抱く。アラバマ大学で進化生物学を学んだのち、研究職と教職の道に進み、ハーヴァード大学では41年間教壇に立つ。科学や文学の分野で100を超える賞を受賞している。自著の『人間の本性について』(筑摩書房)とヘルドブラーとの共著『蟻(The Ants)』で2度のピュリッツァー賞を受賞したほか、アメリカ国家科学賞、ノーベル賞が扱わない分野に贈られるスウェーデン王立科学アカデミーのクラフォード賞、日本の国際生物学賞、イタリアの大統領賞と国際ノニーノ賞、アメリカ哲学会のフランクリン賞など
梶山/あゆみ
東京都立大学人文学部英文科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
はじめに 2
1 究極の超個体 11
2 菌類を栽培するアリの進化 18
3 ハキリアリの一生 37
4 ハキリアリの階級制度 60
5 植物の収穫 70
6 ハキリアリ同士のコミュニケーション 89
7 ハキリアリと菌との助けあい 103
8 菌栽培における衛生管理 111
9 ゴミの管理 123
10 略奪アリと寄生アリ 127
11 ハキリアリの巣 132
12 ハキリアリの作る道 140
訳者あとがき 146
用語解説 150
参考文献 174
■「訳者あとがき」の冒頭部分
緑の葉をかついで、森や林の道を延々と行進するハキリアリ。テレビの動物番組でもおなじみだ。アリがあの葉っぱを食べていると思っている人はまだまだ初級者。いや、あの葉を使ってキノコ(菌)を栽培しているのだ、といえる人は中級者。でも、実際にどうやって栽培しているのかや、アリと菌が具体的にどう助けあっているかを知る人はあまり多くないのではないだろうか。ハキリアリが農業を始めたのが人類より何千万年も古いということも。
そうしたさまざまな驚異を明らかにして、ハキリアリ上級者への道を開くのがこの本『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』だ。
ハキリアリだけを取りあげて大人向けに本格的に解説したのは、本書が本邦初である。(子供向けには『キノコを育てるアリ』[新日本出版社]があり)。嬉しいのは、多数の図版が収録されているところだ。合計七〇枚以上に及ぶ見事なカラー写真は、内容の理解を助けるのはもちろん、資料としても貴重で、見ているだけで楽しい。要所に挿入されたイラストも、具体的なイメージを描くのに役立つ。
■書評
人類以外で農業に手を出した唯一の集団として見ると、人類の行く末を考える上で大変面白いのがハキリアリである
バート・ヘルドブラー (著), エドワード・O・ウィルソン (著), 梶山あゆみ (翻訳)
単行本: 176ページ
出版社: 飛鳥新社 (2012/4/19)
■商品の説明
内容紹介
テレビなどでもおなじみ、地球上で最も人間くさい振る舞いをする昆虫、ハキリアリのすべて。
切り取った葉で食用キノコを栽培し、2000部屋もある大住居を構え、体の表面で抗生物質まで作り出す。
驚くべきハキリアリの生態にピューリッツァー賞作家が迫る!
80点以上の写真、イラストをオールカラーで収録! !
内容(「BOOK」データベースより)
地球上で最も人間くさい振る舞いをする昆虫のすべて。切り取った葉で食用キノコを栽培し、2000部屋もある大住居を構え、体の表面で抗生物質まで作り出す。驚くべきハキリアリの生態にピューリッツァー賞作家が迫る。80点以上のカラー写真、イラストを収録。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ヘルドブラー,バート
米国アリゾナ州立大学(ASU)の生命科学部創立教授。ASUの前には、ハーヴァード大学で動物学のアレグザンダー・アガシ記念教授(1973~1990年)を、またドイツのヴュルツブルク大学で行動生理学・社会生物学部長(1989~2004年)を務める。2002年にはコーネル大学アンドリュー・D・ホワイト記念教授に任命されている。国内外のさまざまな学術団体の会員でもあり、主なものにはドイツのレオポルディナ科学アカデミー、アメリカ哲学会、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ科学財団などがある
ウィルソン,エドワード・O.
1929年、米国アラバマ州バーミングハム生まれ。幼い頃から自然環境に興味を抱く。アラバマ大学で進化生物学を学んだのち、研究職と教職の道に進み、ハーヴァード大学では41年間教壇に立つ。科学や文学の分野で100を超える賞を受賞している。自著の『人間の本性について』(筑摩書房)とヘルドブラーとの共著『蟻(The Ants)』で2度のピュリッツァー賞を受賞したほか、アメリカ国家科学賞、ノーベル賞が扱わない分野に贈られるスウェーデン王立科学アカデミーのクラフォード賞、日本の国際生物学賞、イタリアの大統領賞と国際ノニーノ賞、アメリカ哲学会のフランクリン賞など
梶山/あゆみ
東京都立大学人文学部英文科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
はじめに 2
1 究極の超個体 11
2 菌類を栽培するアリの進化 18
3 ハキリアリの一生 37
4 ハキリアリの階級制度 60
5 植物の収穫 70
6 ハキリアリ同士のコミュニケーション 89
7 ハキリアリと菌との助けあい 103
8 菌栽培における衛生管理 111
9 ゴミの管理 123
10 略奪アリと寄生アリ 127
11 ハキリアリの巣 132
12 ハキリアリの作る道 140
訳者あとがき 146
用語解説 150
参考文献 174
■「訳者あとがき」の冒頭部分
緑の葉をかついで、森や林の道を延々と行進するハキリアリ。テレビの動物番組でもおなじみだ。アリがあの葉っぱを食べていると思っている人はまだまだ初級者。いや、あの葉を使ってキノコ(菌)を栽培しているのだ、といえる人は中級者。でも、実際にどうやって栽培しているのかや、アリと菌が具体的にどう助けあっているかを知る人はあまり多くないのではないだろうか。ハキリアリが農業を始めたのが人類より何千万年も古いということも。
そうしたさまざまな驚異を明らかにして、ハキリアリ上級者への道を開くのがこの本『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』だ。
ハキリアリだけを取りあげて大人向けに本格的に解説したのは、本書が本邦初である。(子供向けには『キノコを育てるアリ』[新日本出版社]があり)。嬉しいのは、多数の図版が収録されているところだ。合計七〇枚以上に及ぶ見事なカラー写真は、内容の理解を助けるのはもちろん、資料としても貴重で、見ているだけで楽しい。要所に挿入されたイラストも、具体的なイメージを描くのに役立つ。
■書評
人類以外で農業に手を出した唯一の集団として見ると、人類の行く末を考える上で大変面白いのがハキリアリである
◎■彗星パンスペルミア■ ― 2017年06月11日 21:06
地球という限られた空間よりも、広大な宇宙のほうが生命誕生の場としてふさわしいのかもしれない。そして宇宙は同じ起源を持つ生命にあふれているのかもしれない。
チャンドラ・ウィックラマシンゲ (著), 松井 孝典 (監修), 所 源亮 (翻訳)
単行本: 244ページ
出版社: 恒星社厚生閣 (2017/5/2)
■商品の説明
内容紹介
生命は彗星に乗って地球にやってきた!
「パンスペルミア」説とは、生命の起源についての仮説の一つ。この宇宙には生命が満ち溢れており、宇宙から生命が何らかの方法で地球に運ばれてきたとする考えのこと。
著者のチャンドラ・ウィックラマシンゲとフレッド・ホイルは、彗星による「パンスペルミア」説を初めて唱えた。
本書では、これまで彼らが展開してきたパンスペルミア論について、丁寧に根気よく、そして科学的にその根拠を紹介してゆく。
最新の知見に基づき、訳者と監修者による補注を加えた。
【帯より】一橋大学教授 楠木 建氏 推薦「毎日忙しく仕事をしている人も、たまには時間と空間の両軸でぶっ飛んだ本を読んだ方がいい。宇宙や天文学と関わりがない普通の人にこそ本書をお薦めする。」
内容(「BOOK」データベースより)
パンスペルミア説とは…この宇宙には生命が満ち溢れており、宇宙から生命が何らかの方法で地球に運ばれてきたという考えのこと。著者のチャンドラ・ウィックラマシンゲとフレッド・ホイルは「彗星パンスペルミア説」を初めて唱えた。―彼らは科学界の異端者か?それとも先駆者なのか?!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ウィックラマシンゲ,チャンドラ
1939年1月20日スリランカの首都コロンボに生まれた。1960年にセイロン大学(今のコロンボ大学)の数学科を卒業。第1回の英連邦奨学生の3人の中の1人に選ばれ、ケンブリッジ大学に入学した。フレッド・ホイルとともに、生命は宇宙に満ち溢れているという「パンスペルミア論」を徹底した実証主義に基づいて研究。スリランカの国家栄誉賞「ウッドヤ・ジョディ」、ケンブリッジ大学「パウエル英詩賞」、「ダグ・ハマーショルド科学賞」(フレッド・ホイルと共同)を受賞。ウェールズ大学応用数学・天文学学科長、スリランカ大統領科学顧問、スリランカ基礎科学研究所所長などを歴任し、現在バッキンガム大学宇宙生物学研究センター長として精力的に研究を続けている
松井/孝典
1946年生まれ。1970年、東京大学理学部卒業、1976年、理学博士(東京大学大学院理学系研究科)。現在、東京大学名誉教授、千葉工大惑星探査研究センター所長。一般社団法人ISPA理事長。政府の宇宙政策委員会の委員長代理。専門は、アストロバイオロジー、地球惑星物理学、文明論
所/源亮
1949年生まれ。1972年、一橋大学経済学部卒業。世界最大の種子会社パイオニア・ハイブレッド・インターナショナル社(米国)を経て、1986年、ゲン・コーポレーションを設立。1994年、旭化成と動物用ワクチンの開発企業の日本バイオロジカルズ社を設立、2009年に売却。2009年~2015年、一橋大学イノベーション研究センター特任教授。2014年、一般社団法人ISPA(宇宙生命・宇宙経済研究所)を松井孝典博士、チャンドラ・ウィックラマシンゲ博士とともに設立。医療・薬業如水会名誉会長、京都バイオファーマ製薬株式会社代表取締役社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
序章
第1章 パンスペルミアの起源
第2章 地球上の原始スープと進化
第3章 生命の宇宙論
第4章 星間塵と生物モデルの一致
第5章 鍵は彗星にあり
第6章 ヒトゲノムに潜む宇宙ウイルス
第7章 流行病の足跡
第8章 地球にやって来る微生物
第9章 太陽系内の惑星に存在する生命
第10章 系外惑星の探索
第11章 地球外知的生命は存在するか
第12章 手がかりは隕石にある
第13章 彗星衝突と文明
第14章 赤い雨の謎
終章
参考文献 209
監修者あとがき 215
事項索引 218
人名索引 223
■「訳者まえがき」の終わり近くの部分より
われわれは, 自分の“無知”を認識し、それを克服することによって, はじめて, 宇宙という時空における本当の自分を理解することができる. それは, 限りなく謙遜を心がけ謙虚に生きなければならないことを教えている. そして, “無知”は謙遜も謙虚も決して育てないことを知る.
人類は, その誕生以来, ずっと空を見上げ, 創造主を探している. 自らの起源と, 究極的な運命を知りたい, という切実な願いである. その問いとは, 「われわれはどこから来たのか?」, 「われわれは何者か?」, 「われわれはどこに行くのか?」である. 本書は, この問いに対し, 明快に、最新の実証主義科学に基づいて, 「われわれは宇宙からやってきた」, 「われわれはウイルスである」, 「われわれ(DNA)は, 宇宙に戻る」という回答を示している.
もし本書の主張が今後, 実証主義科学によってさらに補足証明されることになれば, 本書は, 現代の最も重要な本の一つに数えられることになるであろう. 本書によって, 実証主義の科学が主流となり, 人類が「無知」を認識し, 謙遜と謙虚な生き方を志向することになれば, それは著者の最大の研究成果であろう.
■書評
地球という限られた空間よりも、広大な宇宙のほうが生命誕生の場としてふさわしいのかもしれない。そして宇宙は同じ起源を持つ生命にあふれているのかもしれない。
チャンドラ・ウィックラマシンゲ (著), 松井 孝典 (監修), 所 源亮 (翻訳)
単行本: 244ページ
出版社: 恒星社厚生閣 (2017/5/2)
■商品の説明
内容紹介
生命は彗星に乗って地球にやってきた!
「パンスペルミア」説とは、生命の起源についての仮説の一つ。この宇宙には生命が満ち溢れており、宇宙から生命が何らかの方法で地球に運ばれてきたとする考えのこと。
著者のチャンドラ・ウィックラマシンゲとフレッド・ホイルは、彗星による「パンスペルミア」説を初めて唱えた。
本書では、これまで彼らが展開してきたパンスペルミア論について、丁寧に根気よく、そして科学的にその根拠を紹介してゆく。
最新の知見に基づき、訳者と監修者による補注を加えた。
【帯より】一橋大学教授 楠木 建氏 推薦「毎日忙しく仕事をしている人も、たまには時間と空間の両軸でぶっ飛んだ本を読んだ方がいい。宇宙や天文学と関わりがない普通の人にこそ本書をお薦めする。」
内容(「BOOK」データベースより)
パンスペルミア説とは…この宇宙には生命が満ち溢れており、宇宙から生命が何らかの方法で地球に運ばれてきたという考えのこと。著者のチャンドラ・ウィックラマシンゲとフレッド・ホイルは「彗星パンスペルミア説」を初めて唱えた。―彼らは科学界の異端者か?それとも先駆者なのか?!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ウィックラマシンゲ,チャンドラ
1939年1月20日スリランカの首都コロンボに生まれた。1960年にセイロン大学(今のコロンボ大学)の数学科を卒業。第1回の英連邦奨学生の3人の中の1人に選ばれ、ケンブリッジ大学に入学した。フレッド・ホイルとともに、生命は宇宙に満ち溢れているという「パンスペルミア論」を徹底した実証主義に基づいて研究。スリランカの国家栄誉賞「ウッドヤ・ジョディ」、ケンブリッジ大学「パウエル英詩賞」、「ダグ・ハマーショルド科学賞」(フレッド・ホイルと共同)を受賞。ウェールズ大学応用数学・天文学学科長、スリランカ大統領科学顧問、スリランカ基礎科学研究所所長などを歴任し、現在バッキンガム大学宇宙生物学研究センター長として精力的に研究を続けている
松井/孝典
1946年生まれ。1970年、東京大学理学部卒業、1976年、理学博士(東京大学大学院理学系研究科)。現在、東京大学名誉教授、千葉工大惑星探査研究センター所長。一般社団法人ISPA理事長。政府の宇宙政策委員会の委員長代理。専門は、アストロバイオロジー、地球惑星物理学、文明論
所/源亮
1949年生まれ。1972年、一橋大学経済学部卒業。世界最大の種子会社パイオニア・ハイブレッド・インターナショナル社(米国)を経て、1986年、ゲン・コーポレーションを設立。1994年、旭化成と動物用ワクチンの開発企業の日本バイオロジカルズ社を設立、2009年に売却。2009年~2015年、一橋大学イノベーション研究センター特任教授。2014年、一般社団法人ISPA(宇宙生命・宇宙経済研究所)を松井孝典博士、チャンドラ・ウィックラマシンゲ博士とともに設立。医療・薬業如水会名誉会長、京都バイオファーマ製薬株式会社代表取締役社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
序章
第1章 パンスペルミアの起源
第2章 地球上の原始スープと進化
第3章 生命の宇宙論
第4章 星間塵と生物モデルの一致
第5章 鍵は彗星にあり
第6章 ヒトゲノムに潜む宇宙ウイルス
第7章 流行病の足跡
第8章 地球にやって来る微生物
第9章 太陽系内の惑星に存在する生命
第10章 系外惑星の探索
第11章 地球外知的生命は存在するか
第12章 手がかりは隕石にある
第13章 彗星衝突と文明
第14章 赤い雨の謎
終章
参考文献 209
監修者あとがき 215
事項索引 218
人名索引 223
■「訳者まえがき」の終わり近くの部分より
われわれは, 自分の“無知”を認識し、それを克服することによって, はじめて, 宇宙という時空における本当の自分を理解することができる. それは, 限りなく謙遜を心がけ謙虚に生きなければならないことを教えている. そして, “無知”は謙遜も謙虚も決して育てないことを知る.
人類は, その誕生以来, ずっと空を見上げ, 創造主を探している. 自らの起源と, 究極的な運命を知りたい, という切実な願いである. その問いとは, 「われわれはどこから来たのか?」, 「われわれは何者か?」, 「われわれはどこに行くのか?」である. 本書は, この問いに対し, 明快に、最新の実証主義科学に基づいて, 「われわれは宇宙からやってきた」, 「われわれはウイルスである」, 「われわれ(DNA)は, 宇宙に戻る」という回答を示している.
もし本書の主張が今後, 実証主義科学によってさらに補足証明されることになれば, 本書は, 現代の最も重要な本の一つに数えられることになるであろう. 本書によって, 実証主義の科学が主流となり, 人類が「無知」を認識し, 謙遜と謙虚な生き方を志向することになれば, それは著者の最大の研究成果であろう.
■書評
地球という限られた空間よりも、広大な宇宙のほうが生命誕生の場としてふさわしいのかもしれない。そして宇宙は同じ起源を持つ生命にあふれているのかもしれない。
○■この人を見よ■ ― 2017年06月05日 13:20
「神は死んだ」という言葉の真意はどこにあるのだろう
フリードリヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 丘沢 静也 (翻訳)
文庫: 242ページ
出版社: 光文社 (2016/10/12)
■商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「私の言葉に耳を傾けてくれ!私はこれこれの者であるのだから。どうか、私のことを勘違いしないでもらいたい!」。精神が壊れる直前に、超人、偶像、価値の価値転換など、自らの哲学の歩みを、晴れやかに痛快に語った、ニーチェ自身による最高のニーチェ公式ガイドブック!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ニーチェ,フリードリヒ
1844‐1900。ドイツの思想家。プロイセン生まれ。プロテスタントの牧師の家系。ボン大学神学部に入学するが、古典文献学に転向。24歳の若さでバーゼル大学の教授になるが、処女作『悲劇の誕生』が学界で反発され、事実上、アカデミズムから追放される。キリスト教道徳、近代市民社会、西洋形而上学などをラディカルに批判して、20世紀以降の文学・思想・哲学に大きな影響をあたえてきた。晩年は精神錯乱に陥って、死去
丘沢/静也
1947年まれ。ドイツ文学者。首都大学東京名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
なぜ私はこんなに賢いのか 21
なぜ私はこんなに利口なのか 47
なぜ私はこんなに良い本を書くのか 84
・悲劇の誕生 104
・反時代的考察 115
・人間的な、あまりに人間的な 125
・朝焼け[=曙光] 138
・楽しい学問 144
・ツァラトゥストラはこう言った 147
・善悪の彼岸 175
・道徳の系譜 179
・偶像の黄昏 182
・ワーグナーの場合 187
なぜ私は運命であるのか 201
宣戦布告 <欠>
ハンマーがしゃべる <欠>
解説―ニーチェによる、ニーチェのための、ニーチェ入門 丘沢 静也 220
ニーチェ年譜 232
訳者あとがき 237
■「訳者あとがき」の冒頭部分
この本は、Friedrich Nietzsche: Ecce homo. Wie man wird, was man ist.(1888脱稿)の翻訳です。
底本は、グロイター版。Friedrich Nietzsche, Sämtliche Werke, Kritische Studienausgabe in 15 Bänden,hg. von Giorgio Colli Mazzino Montinari [=KSA] Bd.6, dtv/ de Gruyter 1980。
■書評
「神は死んだ」という言葉の真意はどこにあるのだろう
フリードリヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 丘沢 静也 (翻訳)
文庫: 242ページ
出版社: 光文社 (2016/10/12)
■商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「私の言葉に耳を傾けてくれ!私はこれこれの者であるのだから。どうか、私のことを勘違いしないでもらいたい!」。精神が壊れる直前に、超人、偶像、価値の価値転換など、自らの哲学の歩みを、晴れやかに痛快に語った、ニーチェ自身による最高のニーチェ公式ガイドブック!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ニーチェ,フリードリヒ
1844‐1900。ドイツの思想家。プロイセン生まれ。プロテスタントの牧師の家系。ボン大学神学部に入学するが、古典文献学に転向。24歳の若さでバーゼル大学の教授になるが、処女作『悲劇の誕生』が学界で反発され、事実上、アカデミズムから追放される。キリスト教道徳、近代市民社会、西洋形而上学などをラディカルに批判して、20世紀以降の文学・思想・哲学に大きな影響をあたえてきた。晩年は精神錯乱に陥って、死去
丘沢/静也
1947年まれ。ドイツ文学者。首都大学東京名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
なぜ私はこんなに賢いのか 21
なぜ私はこんなに利口なのか 47
なぜ私はこんなに良い本を書くのか 84
・悲劇の誕生 104
・反時代的考察 115
・人間的な、あまりに人間的な 125
・朝焼け[=曙光] 138
・楽しい学問 144
・ツァラトゥストラはこう言った 147
・善悪の彼岸 175
・道徳の系譜 179
・偶像の黄昏 182
・ワーグナーの場合 187
なぜ私は運命であるのか 201
宣戦布告 <欠>
ハンマーがしゃべる <欠>
解説―ニーチェによる、ニーチェのための、ニーチェ入門 丘沢 静也 220
ニーチェ年譜 232
訳者あとがき 237
■「訳者あとがき」の冒頭部分
この本は、Friedrich Nietzsche: Ecce homo. Wie man wird, was man ist.(1888脱稿)の翻訳です。
底本は、グロイター版。Friedrich Nietzsche, Sämtliche Werke, Kritische Studienausgabe in 15 Bänden,hg. von Giorgio Colli Mazzino Montinari [=KSA] Bd.6, dtv/ de Gruyter 1980。
■書評
「神は死んだ」という言葉の真意はどこにあるのだろう
◎■「阿修羅」の呼吸と身体―身体論の彼方へ■ ― 2017年05月27日 19:56
脳化社会などと言って澄ましてはいられない現代人にとって、これはなかなか大変な本だ。
勇崎 賀雄 (著)
単行本: 430ページ
出版社: 現代書林 (2006/01)
■商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
身体を限りなく広く深く探究した「行法と哲学の一致」を標榜する身体哲学者による「心身問題」を超えた全く新しい身体の世界の構築。東洋と西洋の身体観、身体論の統合。
著者について
勇崎賀雄(ゆうざき・よしお)
1949年東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。
西洋の身体論(哲学)を学ぶことで身体哲学に目覚める。また、独自の修行を重ね、頭脳知を包摂する身体知を直覚し、20年以上に渡り、のべ10万人に呼吸法を指導。三千年におよぶ行法の歴史の中で最も高いレヴェルで確立された仏教の行法と道教の行法をベースに、ヨーガ、真言密教、禅、神道、武道、気功、能、バレエなど古来より行なわれてきた様々な呼吸法と行法のエッセンスを統合し、医学、医術から、哲学、生命科学、人類学、社会学、芸道、スポーツを含む21世紀の行法<呼吸身法>を集大成し、実践する。
現在、湧氣塾を主宰する。
■目次
まえがき 1
序章 身体とことばと方法論について
身体について語るとは 8
行法と哲学の一致 22
パラケルススの医術の哲学 27
身体のプロと養老現象 30
生と死を考える新春対談 34
赤の他人の死 37
五・一五事件と東大紛争 40
ことばと身体 43
身体の反逆 46
ルネサンスは氣の時代 48
近代における身体 51
現代の行法 53
行法としての呼吸法と方法論 56
身体能力の育成法 59
仏教の修行法が教えてくれるもの 61
第一章 痛みと氣
痛みという身体の神秘
フリーダ・カーロの「折れた背骨」 66
痛みの神話 69
<痛み>をどう捉え直すか 71
ペイン・クリニック 74
人間にとっての<痛み>、価値としての<痛み> 76
テューモス 81
氣を扱うむずかしさ
<氣>と<呼吸>について 85
<氣>は感じるだけのものか 88
陰陽とは 91
陰陽と氣 95
呼吸と教育現場 99
感覚の微妙さ、あいまいさ 101
体性感覚と体性神経系 104
呼吸と<氣>の関係 107
科学では捉えられない<氣> 113
第二章 身体の現在
非言語情報と氣
現代社会という環境とは 118
非言語的な情報 121
「暗黙知」から「生命の躍動」「ハイエロファニー」へ 124
触(そく) 127
三和して変異に分別する 130
言語的な情報 134
第三の情報 137
ナーガルジュナの「中観」 139
ソシュールが見た言語の闇 144
哺乳類と母子関係
哺乳類と<氣> 147
身体を取り巻く<氣>のバリアー 149
背と腹 152
マザーネイチャー・スペースを創る<遠観得> 155
こころの<氣>が荒れる 160
母親が偉すぎると 162
母子関係と陰陽の氣 164
動物の攻撃性と男の凶暴性 167
体罰・暴力・成熟
成熟の失われた時代 170
体罰と身体性 173
自我の成熟 177
女性化傾向と暴力 180
家庭内暴力 185
荒療治と行 189
第三章 呼吸法の歴史と真実
健康法としての呼吸法と行法としての呼吸法
呼吸法の三つの躓き 194
時代の変化と呼吸法の変遷 199
三つのレヴェルの呼吸法 201
吸うことのむずかしさ 204
「吸う息」の威力 207
ソフトな構造の身体、あるいはティマイオスの身体 209
シャカの呼吸法の誤解
呼吸法についての俗説 212
「吸う」が先か、「吐く」が先か 214
仏教語の混乱 218
三つのアーナパーナ・サティ・スートラ 221
『南傳大藏經』にあるシャカの呼吸 223
十六の呼吸法 225
『國譯一切經』の「安般品」 227
行法の呼吸法 230
「入息短出息長」(『佛説大安般守意經』)はシャカの言葉ではない 232
数息観 235
シャカの呼吸法の全体像 239
目覚めと止観 242
坐禅という言葉 245
天台止観の呼吸法 249
行法としての坐法 250
達磨はなぜ面壁(壁観)したか 256
内観と内氣の呼吸
六氣法 260
行法レヴェルの呼吸法 263
『夜船閑話』 267
内観と観想 270
内観あるいは存思 273
「内観」と「内氣の呼吸」を結ぶ<骨> 275
二つの身体観=身体感 277
視覚系の行法から聴覚・触覚系の行法へ 279
キース・ジャレットの覚醒 283
なぜ今、行法か 286
第四章 超越性としての身体
人間という存在
人類が立った本当の理由 290
ハイデガーの「気遣い」 294
時間性の問題 297
ハイデガーと空海 299
ハイデガーの動物論 302
ユクスキュルとハイデガー 304
なぜ人類は立ったのか 306
人間はどこまで動物か 310
巣立つものとしての人間 312
人間には二度誕生の時がある 314
垂直性の解明
「アクア説」とは 318
サバンナ説とモザイク説 322
"喋る"ということ 323
息を止めることと行法としてのクンバカ 326
潜水反射 328
体毛のない裸のサル 331
集団憑依 334
スタンディング・オヴェイション 337
人間という存在 339
頭蓋骨、顔面骨と行法 343
お面の呼吸 346
梵我一如 350
再び立つための"行法" 352
終章 身体論の彼方へ
行法と近代医学を結ぶもの 356
機械的構造と有機的構造 359
<内部身体>と<外部身体> 362
荘子の踵とは 364
内臓系と体壁系と骨 366
内呼吸と骨 369
プレート・テクトニクスと骨 371
身体論の現在 377
<内部身体>と<呼吸身法> 380
二極構造と三極構造 386
内部=カオスと外部=コスモス 389
脳の構造 392
梅園の「氣の哲学」が教えてくれたもの 394
<氣>と身体の形態学 396
二と三と五のリズム 400
ワン・ツー。チャッチャッチャッ、ヴァイローチャナ 403
ダラニと響き 407
あとがき 411
参考文献 417
■「あとがき」の途中の部分より
近代の哲学者はわたしの知るかぎり、"響き"についてほとんど言及していない。そんな中でヘーゲルはあまり得意ではない自然哲学の考察の中で、「物体の音を聞いてなにかを感じるとき、わたしたちはやや高度な領域に足を踏み入れている。音はわたしたちの内奥の感情に触れるのです。音が内面の魂に訴えるのは、音自体が内面的・主観的なものだからです。……中略……素朴な人は音の内に内面の存在が啓示されることに驚くが、そこにあらわれるでるのは、物質的なものではなく、魂にかかわるのです。」(『ヘーゲル自然哲学』長谷川宏訳、作品社)と書いているが、これはなかなか鋭く、興味深い。(415ページ)
■書評
脳化社会などと言って澄ましてはいられない現代人にとって、これはなかなか大変な本だ。
勇崎 賀雄 (著)
単行本: 430ページ
出版社: 現代書林 (2006/01)
■商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
身体を限りなく広く深く探究した「行法と哲学の一致」を標榜する身体哲学者による「心身問題」を超えた全く新しい身体の世界の構築。東洋と西洋の身体観、身体論の統合。
著者について
勇崎賀雄(ゆうざき・よしお)
1949年東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。
西洋の身体論(哲学)を学ぶことで身体哲学に目覚める。また、独自の修行を重ね、頭脳知を包摂する身体知を直覚し、20年以上に渡り、のべ10万人に呼吸法を指導。三千年におよぶ行法の歴史の中で最も高いレヴェルで確立された仏教の行法と道教の行法をベースに、ヨーガ、真言密教、禅、神道、武道、気功、能、バレエなど古来より行なわれてきた様々な呼吸法と行法のエッセンスを統合し、医学、医術から、哲学、生命科学、人類学、社会学、芸道、スポーツを含む21世紀の行法<呼吸身法>を集大成し、実践する。
現在、湧氣塾を主宰する。
■目次
まえがき 1
序章 身体とことばと方法論について
身体について語るとは 8
行法と哲学の一致 22
パラケルススの医術の哲学 27
身体のプロと養老現象 30
生と死を考える新春対談 34
赤の他人の死 37
五・一五事件と東大紛争 40
ことばと身体 43
身体の反逆 46
ルネサンスは氣の時代 48
近代における身体 51
現代の行法 53
行法としての呼吸法と方法論 56
身体能力の育成法 59
仏教の修行法が教えてくれるもの 61
第一章 痛みと氣
痛みという身体の神秘
フリーダ・カーロの「折れた背骨」 66
痛みの神話 69
<痛み>をどう捉え直すか 71
ペイン・クリニック 74
人間にとっての<痛み>、価値としての<痛み> 76
テューモス 81
氣を扱うむずかしさ
<氣>と<呼吸>について 85
<氣>は感じるだけのものか 88
陰陽とは 91
陰陽と氣 95
呼吸と教育現場 99
感覚の微妙さ、あいまいさ 101
体性感覚と体性神経系 104
呼吸と<氣>の関係 107
科学では捉えられない<氣> 113
第二章 身体の現在
非言語情報と氣
現代社会という環境とは 118
非言語的な情報 121
「暗黙知」から「生命の躍動」「ハイエロファニー」へ 124
触(そく) 127
三和して変異に分別する 130
言語的な情報 134
第三の情報 137
ナーガルジュナの「中観」 139
ソシュールが見た言語の闇 144
哺乳類と母子関係
哺乳類と<氣> 147
身体を取り巻く<氣>のバリアー 149
背と腹 152
マザーネイチャー・スペースを創る<遠観得> 155
こころの<氣>が荒れる 160
母親が偉すぎると 162
母子関係と陰陽の氣 164
動物の攻撃性と男の凶暴性 167
体罰・暴力・成熟
成熟の失われた時代 170
体罰と身体性 173
自我の成熟 177
女性化傾向と暴力 180
家庭内暴力 185
荒療治と行 189
第三章 呼吸法の歴史と真実
健康法としての呼吸法と行法としての呼吸法
呼吸法の三つの躓き 194
時代の変化と呼吸法の変遷 199
三つのレヴェルの呼吸法 201
吸うことのむずかしさ 204
「吸う息」の威力 207
ソフトな構造の身体、あるいはティマイオスの身体 209
シャカの呼吸法の誤解
呼吸法についての俗説 212
「吸う」が先か、「吐く」が先か 214
仏教語の混乱 218
三つのアーナパーナ・サティ・スートラ 221
『南傳大藏經』にあるシャカの呼吸 223
十六の呼吸法 225
『國譯一切經』の「安般品」 227
行法の呼吸法 230
「入息短出息長」(『佛説大安般守意經』)はシャカの言葉ではない 232
数息観 235
シャカの呼吸法の全体像 239
目覚めと止観 242
坐禅という言葉 245
天台止観の呼吸法 249
行法としての坐法 250
達磨はなぜ面壁(壁観)したか 256
内観と内氣の呼吸
六氣法 260
行法レヴェルの呼吸法 263
『夜船閑話』 267
内観と観想 270
内観あるいは存思 273
「内観」と「内氣の呼吸」を結ぶ<骨> 275
二つの身体観=身体感 277
視覚系の行法から聴覚・触覚系の行法へ 279
キース・ジャレットの覚醒 283
なぜ今、行法か 286
第四章 超越性としての身体
人間という存在
人類が立った本当の理由 290
ハイデガーの「気遣い」 294
時間性の問題 297
ハイデガーと空海 299
ハイデガーの動物論 302
ユクスキュルとハイデガー 304
なぜ人類は立ったのか 306
人間はどこまで動物か 310
巣立つものとしての人間 312
人間には二度誕生の時がある 314
垂直性の解明
「アクア説」とは 318
サバンナ説とモザイク説 322
"喋る"ということ 323
息を止めることと行法としてのクンバカ 326
潜水反射 328
体毛のない裸のサル 331
集団憑依 334
スタンディング・オヴェイション 337
人間という存在 339
頭蓋骨、顔面骨と行法 343
お面の呼吸 346
梵我一如 350
再び立つための"行法" 352
終章 身体論の彼方へ
行法と近代医学を結ぶもの 356
機械的構造と有機的構造 359
<内部身体>と<外部身体> 362
荘子の踵とは 364
内臓系と体壁系と骨 366
内呼吸と骨 369
プレート・テクトニクスと骨 371
身体論の現在 377
<内部身体>と<呼吸身法> 380
二極構造と三極構造 386
内部=カオスと外部=コスモス 389
脳の構造 392
梅園の「氣の哲学」が教えてくれたもの 394
<氣>と身体の形態学 396
二と三と五のリズム 400
ワン・ツー。チャッチャッチャッ、ヴァイローチャナ 403
ダラニと響き 407
あとがき 411
参考文献 417
■「あとがき」の途中の部分より
近代の哲学者はわたしの知るかぎり、"響き"についてほとんど言及していない。そんな中でヘーゲルはあまり得意ではない自然哲学の考察の中で、「物体の音を聞いてなにかを感じるとき、わたしたちはやや高度な領域に足を踏み入れている。音はわたしたちの内奥の感情に触れるのです。音が内面の魂に訴えるのは、音自体が内面的・主観的なものだからです。……中略……素朴な人は音の内に内面の存在が啓示されることに驚くが、そこにあらわれるでるのは、物質的なものではなく、魂にかかわるのです。」(『ヘーゲル自然哲学』長谷川宏訳、作品社)と書いているが、これはなかなか鋭く、興味深い。(415ページ)
■書評
脳化社会などと言って澄ましてはいられない現代人にとって、これはなかなか大変な本だ。
◎■食べられるシマウマの正義 食べるライオンの正義―森の獣医さんのアフリカ日記■ ― 2017年05月21日 12:12
賢くたくましい人々と、それぞれの生き方で生きる動物たちを育む確かなアフリカを知る
竹田津 実 (著)
単行本: 157ページ
出版社: 新潮社 (2001/06)
■商品の説明
商品説明
著者は北海道で長年にわたって野生動物を観察し続けてきた獣医師。これまでも『野性は生きる力』や『北の大地から』といったエッセイ集、あるいは1978年に公開された映画『キタキツネ物語』の企画・動物監督を務めるなど、自然に生きる動物たちと人間とのかかわりをテーマに、積極的に自然保護の大切さを訴えかけてきた。
その著者が、少年時代に夢見て以来、20回あまりにもおよぶというアフリカ旅行の感動を、エッセイ風の日記と自ら撮影した70点以上にのぼる写真によってまとめたものが本書だ。昼寝中のカバ、口元を真っ赤に染めたチーター、倒れたシマウマに群がるハゲワシ、そしてどこまでも続く緑の大地と深い青空。1枚1枚に添えられた、一篇の詩のような著者の言葉がじつに味わい深い。写真と文章の絶妙なコラボレーションが、サバンナを吹きぬける風や強い日差し、においや温度までも再現してくれる。動物写真家であり、優れたエッセイストでもある著者だからこそ可能な芸当だ。
そしてその文章家としての才能は、写真のキャプションだけではなく「平気で人を殺すカバ」「アフリカの沼の水は美しく甘い」といった道中のエピソードでもいかんなく発揮されている。アフリカの大地を子どものように目を輝かせながら楽しんでいる著者の姿が印象的だ。
本書はけっして声高に環境保全を訴えるものではない。しかし、医者として多くの野生動物の生と死を見つめてきた著者のまなざしは、言葉と写真の中に凝縮されて、密度の濃いメッセージを放っている。(中島正敏)
出版社からのコメント
弱肉強食なんてウソ! 狩られる者の勇気、狩る者の愛を見た。 〝キタキツネのお医者さん〟として知られる竹田津さんは、北海道小清水で野生動物だけを診察する獣医さん。竹田津さんはアフリカが大好きで、20年以上、毎年のように通っています。獣医さんの目でアフリカの動物たちを見て(診て)みると、食う者と食われる者の間に、今まで紹介されてきたような「弱肉強食」ではない、もっと崇高な生命のしくみが見えてきました。
獣医さんの温かい目で診た、カメラマンの鋭い視線で観た、そして時には酔眼に揺れて見えたサバンナの真実を、軽妙なエッセイと美しい写真で堪能してください。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
竹田津/実
1937年大分県生まれ。獣医、写真家、エッセイスト。’63年、北海道小清水町に獣医師として赴任。傷ついた野生動物の保護、治療、リハビリの作業を無償で行う傍らで、映画『キタキツネ物語』の企画・動物監督をはじめ、テレビの動物番組の監督などを手がけている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
アフリカ 夢の続き 6
カバの王国 33
焼魚定食 42
交尾の丘 50
オカピと森の民 54
コラム ゾウに乗る夢 68
コラム キリンの心臓 72
コラム 進化するサル 76
コラム 鳥の気持ち 79
死ぬために旅するのか、ヌー 105
ミリオンのフラミンゴ 113
至福のサファリ 126
マサイの魂 133
よそ見する私 138
"弱肉強食"ではない! 142
あとがき 156
■「あとがき」の終わりの部分
アフリカでは何があっても不思議はないというのが私の結論である。
1976年夏以来、アフリカ通いがもう20回となった。出かける度にフィルムを100本以上使うのだから、彼の地はフィルム会社の回し者の住む土地だと勝手に決めている。
しかし、何があっても不思議ではない国は、全てが約束されているかに見える国に住む者にとってはあこがれの地であり、希望の大地である。
人類は彼の地で誕生した。今その地は発展という戦場で衰弱したヒトという生物が帰ってゆき、もう一度再生のエネルギーをもらう場所になりつつあると、私には思えるのである。
私にとって、アフリカに出かけ元気をもらう……という作業はまだまだ続きそうである。
今回も下手な写真が三村淳さんの魔力によってみられるものに化けている。うれしい。編集の金川功さん共々、心から感謝を申し上げます。
そして宮城由美子さんをはじめとするアフリカの友々、フィルムを消費せしめたフィルム会社の回し者たちにありがとうをいいます。
Asante sana!
■書評
賢くたくましい人々と、それぞれの生き方で生きる動物たちを育む確かなアフリカを知る
竹田津 実 (著)
単行本: 157ページ
出版社: 新潮社 (2001/06)
■商品の説明
商品説明
著者は北海道で長年にわたって野生動物を観察し続けてきた獣医師。これまでも『野性は生きる力』や『北の大地から』といったエッセイ集、あるいは1978年に公開された映画『キタキツネ物語』の企画・動物監督を務めるなど、自然に生きる動物たちと人間とのかかわりをテーマに、積極的に自然保護の大切さを訴えかけてきた。
その著者が、少年時代に夢見て以来、20回あまりにもおよぶというアフリカ旅行の感動を、エッセイ風の日記と自ら撮影した70点以上にのぼる写真によってまとめたものが本書だ。昼寝中のカバ、口元を真っ赤に染めたチーター、倒れたシマウマに群がるハゲワシ、そしてどこまでも続く緑の大地と深い青空。1枚1枚に添えられた、一篇の詩のような著者の言葉がじつに味わい深い。写真と文章の絶妙なコラボレーションが、サバンナを吹きぬける風や強い日差し、においや温度までも再現してくれる。動物写真家であり、優れたエッセイストでもある著者だからこそ可能な芸当だ。
そしてその文章家としての才能は、写真のキャプションだけではなく「平気で人を殺すカバ」「アフリカの沼の水は美しく甘い」といった道中のエピソードでもいかんなく発揮されている。アフリカの大地を子どものように目を輝かせながら楽しんでいる著者の姿が印象的だ。
本書はけっして声高に環境保全を訴えるものではない。しかし、医者として多くの野生動物の生と死を見つめてきた著者のまなざしは、言葉と写真の中に凝縮されて、密度の濃いメッセージを放っている。(中島正敏)
出版社からのコメント
弱肉強食なんてウソ! 狩られる者の勇気、狩る者の愛を見た。 〝キタキツネのお医者さん〟として知られる竹田津さんは、北海道小清水で野生動物だけを診察する獣医さん。竹田津さんはアフリカが大好きで、20年以上、毎年のように通っています。獣医さんの目でアフリカの動物たちを見て(診て)みると、食う者と食われる者の間に、今まで紹介されてきたような「弱肉強食」ではない、もっと崇高な生命のしくみが見えてきました。
獣医さんの温かい目で診た、カメラマンの鋭い視線で観た、そして時には酔眼に揺れて見えたサバンナの真実を、軽妙なエッセイと美しい写真で堪能してください。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
竹田津/実
1937年大分県生まれ。獣医、写真家、エッセイスト。’63年、北海道小清水町に獣医師として赴任。傷ついた野生動物の保護、治療、リハビリの作業を無償で行う傍らで、映画『キタキツネ物語』の企画・動物監督をはじめ、テレビの動物番組の監督などを手がけている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
アフリカ 夢の続き 6
カバの王国 33
焼魚定食 42
交尾の丘 50
オカピと森の民 54
コラム ゾウに乗る夢 68
コラム キリンの心臓 72
コラム 進化するサル 76
コラム 鳥の気持ち 79
死ぬために旅するのか、ヌー 105
ミリオンのフラミンゴ 113
至福のサファリ 126
マサイの魂 133
よそ見する私 138
"弱肉強食"ではない! 142
あとがき 156
■「あとがき」の終わりの部分
アフリカでは何があっても不思議はないというのが私の結論である。
1976年夏以来、アフリカ通いがもう20回となった。出かける度にフィルムを100本以上使うのだから、彼の地はフィルム会社の回し者の住む土地だと勝手に決めている。
しかし、何があっても不思議ではない国は、全てが約束されているかに見える国に住む者にとってはあこがれの地であり、希望の大地である。
人類は彼の地で誕生した。今その地は発展という戦場で衰弱したヒトという生物が帰ってゆき、もう一度再生のエネルギーをもらう場所になりつつあると、私には思えるのである。
私にとって、アフリカに出かけ元気をもらう……という作業はまだまだ続きそうである。
今回も下手な写真が三村淳さんの魔力によってみられるものに化けている。うれしい。編集の金川功さん共々、心から感謝を申し上げます。
そして宮城由美子さんをはじめとするアフリカの友々、フィルムを消費せしめたフィルム会社の回し者たちにありがとうをいいます。
Asante sana!
■書評
賢くたくましい人々と、それぞれの生き方で生きる動物たちを育む確かなアフリカを知る
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