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○■山暮らし始末記■2015年11月05日 11:38


堀越 哲朗 (著)
単行本: 333ページ
出版社: 太田出版 (1999/06)

■商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
消費社会の喧燥を脱し、『走らされる前に、歩くんだ』と覚悟して始まった夫婦二人の山暮らし。厳しい環境の中で腰をいため、指に豆をつくりながらも、循環する自然の営みの一員となって山の気で心の根を洗い、湧き水で体を潤す。しかし、人は確実に年をとる。張り詰めた日常にいつまで耐えられるのか。現代人がどこまで自由に歩けるかを真摯に追求した、労働と思索の清冽な記録文学。

内容(「MARC」データベースより)
都会を離れて信州の山村へ。薪を作り、囲炉裏の火を見つめた12年の歩みを綴り、現代人がどこまで自由に生きられるかを真摯に追求した、労働と思索の記録文学。

著者略歴
堀越哲郎
1954年東京生まれ。幼年時代を長野市で過ごす。早大文学部卒。82~84年にかけて約1年間インドを放浪。帰国後、旅行雑誌の記者を経て、信州の過疎の山村に移住。その後12年間にわたって山の中で暮らす。現在は伊那谷郊外に在住。

序章 もうひとつの生き方を探して 7
――― インド・東京・そして信州の山村へ

第一部 清水平 39
一 現代の疎開 40
二 森の呼吸・ランプの暮らし 52
三 囲炉裏の火を見つめて 63
四 清水平の経済と四季 83
五 清水平を出る 117
六 南インド再訪 133

第二部 巣寒多 155
一 伊那谷の廃村へ 156
二 卯沢の流れ・薪の山 173
三 電気と闇のある暮らし 185
四 「土」と「土地」・畑と獣たち 193
五 山のベジタリアン談義 206
六 チャボを飼う 215
七 巣寒多の経済と暮らし 223
八 自然界の生と死 235
九 廃村の現実・山を降りる 247

第三部 山暮らしの周辺 237
一 冬の風呂で思った詩人のこと 268
二 モンペのダンディズム 274
三 早すぎるのさ何もかも 281
四 太鼓の響きが伝えるもの 290
五 漢方医・伊藤真愚先生のこと 297
六 スズメバチと村長選 302
七 キノコ止め山 309
八 里で暮らすということ 315
九 変わりゆく山道・廃村の山を歩く 323

あとがき 332

■あとがき
  山暮らしや田舎暮らしに関する本や雑誌は巷に溢れているけれど、どうも何かきれいごとばかり並べ立ててあって、ほんとうのところはどうなんだろう?と思っている人が案外少なくないんじゃないだろうか。 だいたいそんなにうまい話ばかりなら、地元の人たちだって山を降りたりしないし、深刻な過疎問題も生じないはずである。その点これは、山暮らしについての一種の「失敗談」である。 それも、始まりから終わりまで十二年の歳月を費やしたうえでの「敗退物語」だから、読者の参考に資するところもあるのではないかと思う。
  最初に描いたのが囲炉裏についての文章である。 いよいよ山を降りると決めたとき、記念に何かひとつだけでも書き残しておこうと思い、「囲炉裏への挽歌」と題した四百字十枚ほどのエッセイを書き、地方の文学賞に応募したら入選した(第四回小諸・藤村文学賞優秀作)。 それを読んでくれた月刊『望星』(東海教育研究所)の岡村編集長から「何かもっと書いてみないか?」と声がかかり、「山がたりエッセイ―廃村暮らしの始末記」というタイトルで、 同誌九八年八月号から九九年八月号まで七回にわたって不定期連載した文章が、この本の基になっている。 いわば、囲炉裏の火のゆらめきが常に記憶の中心にあって、それを取り巻く山暮らしの種々相を同心円をいくつも描くように書き継いでいってみたら、こんなかたちのものができあがったというわけである。
  山暮らしと直接関係のないインドの旅についての記述にもかなりのページが割かれているが、この二十年近くの間、生活の節目ごとに何度かインドに渡っており、 いつしか自分のなかでインド・東京・信州の山村という三つの観測地点で世界のものごとを{脱字}癖がついてしまった。 それに二十代の頃のインドの長旅の経験がなければ、そもそも山暮らしを始めることもなかったと思うので、その足跡を確認する意味でも、これは自分にとっては必要な記述であった。 読者はそこに、この二十年という時代の影を読み取ることもできるだろう。
  山暮らしの日常は、百のことばよりも一の実践が意味をもつ世界である。 深く地に根差した暮らしを続ける者ほど、あまり余計なことばは吐かずに、黙々と日々の労働に精を出している人間が多い。 それに、「ことばへの不信」がどこか気持ちの底にあって山で暮らしている者も少なくないから、山で暮らしながらなおかつ生活をはみ出したところでものを書く行為には、それなりに覚悟とエネルギーがいる。 そういう意味ではぼく自身、里に降りることがなければ、こういうかたちで本をまとめることもなかったかもしれない。
  それにしても、我々が山にこもって暮らしていたこの十数年のうちに、世の中はずいぶん変わった。 ともかく日本に居住する外国人の数が増えたし、社会全体のデジタル化のスピードの早さにも物凄いものがあった。 ワープロやパソコン・インターネットの普及ひとつとってみても、ぼくが都会生活から足を洗った八〇年代半ば頃、それまで勤めていた都心の雑誌社では、ほとんどの記者がまだ原稿用紙に2Bや4Bの鉛筆で 黒々とした文字を書きなぐっていたことを思うと、隔世の感がある。
  しかしその一方で、都会を離れて田舎暮らしを始める人たちが年々増えていることも事実で、自分のまわりを見回してみても、こうした脱都会・自然志向の潮流が今後ますます拡がっていくことは疑いを容れないと思う。 そんな時代の振れ幅のなかで、こんなふうに山の中で暮らし、こういうふうに世界を眺めていた人間がいる――この本はその記録でもある。
  本にするにあたっては、太田出版の高瀬幸途氏に文章全体にわたって細かい助言や批評をいただいた。 また岡村隆氏には『望星』掲載時より何かとお世話になった。記して、両氏に感謝する次第である。
(なお、一部地名・人名を仮名にしたことをお断りしておく)。
        一九九九年六月 伊那谷にて 堀越哲胡{誤字}

■一言
集団移転を強制された後の廃村(別荘居住者あり)に住んだ記録。山中の格安物件を手に入れて住んでみようかと考えている方に参考になりそう。

■書評
るびりん書林 別館

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